2025/02/01 09:08
ONLINE CATALOG (7 Feb 2025 updated) Unnamed hours 現代アートを革新した巨匠、マルセル・デュシャンが提唱した「アンフラマンス」の概念をもとに、今一度私たちの知覚に対して寄りそいたいと思います。「極薄」を意味するデュシャンの造語「アンフラマンス」は、物質と非物質、存在と不在といった相反する境界にある微妙な気配や瞬間的な現象を表現するために用いられています。 本冬展では、時間の経過そのものを絵に留めようとする試みを通じて、画中にアンフラマンスの現象をつなぎ止めるアーティスト木下令子を紹介し、彼女の作品を通して私たちの無自覚な感覚にふれる機会をもちます。木下の作品では、スプレーガンを用いて霧状に吹き付けた絵具が、折り目やしわなどの刹那の表情を描き、支持体の経年変化や光象記録とともに、作品の内に時を紡ぎつづけます。 これまで継続的に制作されてきた《日照時間》は、光によって変化する印画紙に意図的につけた折り目を風景に見立てた作品であり、完成後も周囲の環境と交感し続けます。絵具の粒子は印画紙の感光速度を引き延ばし、画中の色彩は静かに移ろいながら、詩的な瞬間を私たちの手元にとどめます。また、布のしわやドレープの形状そのものを絵具で定着させた《Veil》や《comma》では、幾重にも重ねられた色層が瞬間的な時間をとどめ、繊細な光のグラデーションと深い質感を醸し出しています。さらに、ポケットの中のハンカチを題材とした新作の《handkerchief》や、ファウンドファブリックを使用した《Cocoon》などでは、視覚的な肌触りがわずかな気配をまとい、観る人の感覚をそっと撫でます。それはまるで、デュシャンがアンフラマンスの一例として挙げた座席のぬくもりのように、儚くも確かな存在感を宿しているかのようです。 「年輪や地層はいつできるのかを想像できない様に、手元の出来事は気づく間に降りて来ては不意にあらわれる」と木下が語るように、アンフラマンスな出来事との遭遇は、日々の習慣に埋もれ、無意識のうちに飲みこまれていた私たちの感覚をふと呼び覚ますのかもしれません。この誰とも共有しがたい呼び名のない出会いは、既存の知覚や対象への認識をほんのわずかにずらしながら、今目にしている世界がすべてではないと静かに囁くのです。 ✅開催概要 会期:2025年2月7日(金)〜3月29日(土)のうちの金・土曜 時間:13:00〜18:00 会場:SUCHSIZE (大阪市西成区山王1-6-20) 料金:入場無料 出展作家:木下令子 主催:SUCHSIZE 助成:大阪市 ✅イベント情報 木下 令子トークイベント 日時:3月29日(土)16:00〜17:30 料金:入場無料 ※先着15名 ✅アーティスト情報 木下 令子 | Reiko Kinoshita 1982年熊本県生まれ、2009年武蔵野美術大学大学院 造形研究科美術専攻油絵コース修了。東京都在住。「うつろう時間の経過を絵にすることはできるだろうか」という問いを軸に、日焼け・感光・移動といった現象を取り込みながら、手で描かれざるイメージを探求する。筆を使わず、紙や布の折り目や質感を意図的に取り込み、スプレーガンで霧状のアクリル絵具を吹き付ける技法で絵画を制作。作品によっては、制作後も環境に応じて変容し続けるものもあり、捉えきれない事象や事実に迫る試みを行っている。 https://reikokinoshita.tumblr.com/ 《 handkerchief 》acrylic on garment fabric, cotton, panel / 55×55cm / 2025 紙や布を選択する時、すでにそれは全体の像でもあり、絵作りはそこからはじまっています。シワ、折り目、ひだ、日焼け、感光というまっさらではない状態は、絵筆を持つ前からイメージがそこに在ることになります。 霧状の絵具を吹きかける技法は、暗室での写真現像の工程と結びついています。現像前のフィルムや印画紙の上に存在する、肉眼では見えないけれど存在している像を「潜像」と呼び、光化学反応を終えて見えてくるもので、物質が描く像とも表現されます。 机に広げた布や紙の上にも、そして私の中にも潜像は存在している。私の場合は、光ではなく絵具を使って、その像の現れを待つことが制作にとって重要な時間です。 木下令子 《 Compact 》acrylic on wa-shi cotton, Flame / 49.2×39.2cm / 2023-2025
会場:SUCHSIZE《 Lie 》acrylic on satin, panel / 36×20cm / 2024
《 Cocoon 》acrylic on found fabric, panel / 27×19cm / 2025
《 Unnamed hours 》展示風景